提案便り2022/5

5月の提案便りは奈良出向 松本が担当させて頂きます。

 昨今の世界情勢はコロナ感染拡大、ロシアによるウクライナへの軍事侵攻、北朝鮮によるミサイル発射実験、いつ起きてもおかしくないと言われる南海トラフ巨大地震など暗いニュースをよく目にします。
そんな中でもロシアとウクライナの戦争はとりわけ心を痛めます。戦争に関するニュースを聞くといつも思い出すのが約30年前に亡くなった私の祖父の戦争体験です。
今回は私が聞いた祖父の体験談の中で特に印象に残った内容を紹介したいと思います。

 私の祖父は明治生まれの職業軍人で所属は海軍でした。戦時中は海防艦 笠戸 (かいぼうかん かさど) に乗り中国、フィリピン、ソ連など様々な場所で戦っていました。

まず最初は中国での体験談です。戦況の悪化とともに祖父が所属していた部隊は退避しなければいけなくなりましたが、その時に現地中国人が逃げ道を先導してくれた
ので祖父の部隊は無事逃げることができました。というのも祖父の部隊は日常的に現地民と物々交換をしたりして交流があり仲良く接していたからだそうです。その反面、現地民に対して非人道的な行為をしていた日本の部隊もあり、そういう部隊は敗走時に捕らえられ殺されたという話を後に聞いたそうです。

次に北海道での体験談です。昭和20年6月 祖父の乗船していた海防艦は北海道西部沖で深夜アメリカ軍の魚雷攻撃を受け、前半分が大破し吹き飛んでしまいました。この攻撃で船の前方にいた乗組員は戦死 (全乗組員の半数以上) しましたが、祖父は後方にいて助かりました。大破後、艦長は前方が無くなった船をバックで進ませることで沈没を防ぎ、小樽港へ帰港しドックで修理することになりました。修理中、何度も空襲にあいましたがやがて8月15日の終戦日を迎えたということです。

祖父は戦争体験を語り終えるといつも最後に「戦争は如何なる理由があろうと、絶対にしてはいけない」と必ず言っていました。子供の頃は祖父の言葉は戦争経験者が言うありきたりの言葉のように感じていましたが、戦場で命を賭して戦って生還した祖父の心から発した言葉だったんだと今では思えます。約80年前の日本人が命を犠牲にして戦ってくれたから今の日本の平和があるということを忘れないようにし、子供達にも伝えていきたいと思います。

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